vol.7

澤上篤人さん

株式会社さわかみホールディングス 代表取締役

1947年3月28日生まれ

寄付をすることで
成熟経済の日本がどんどん元気になる

一般生活者の財産づくりを、本格的な長期投資でお手伝いしたい、という熱い思いで、日本初の独立系投資信託会社を設立。1999年に「さわかみファンド」をスタートさせた澤上篤人さん。証券会社を通さず、直販のみで販売するという画期的なスタイルで、長期投資の志をともにするファンド仲間とともに20年もの間、優れた運用実績を上げ続けています。
 さらに澤上さんは会社の経費を削減し、残った利益は「より良い社会をつくっていくための社会貢献へまわす」という発想で、さわかみ一般財団法人、公益財団法人お金をまわそう基金などを設立。寄付や非営利活動などを通じて世の中にお金をまわし、社会全体を豊かにするという活動に邁進されています。

長期投資で、良い世の中をつくろう

現在、純資産総額3000億円を超える大型投資信託に成長した「さわかみファンド」。日本初の直販投信の生みの親として、無数の障壁を乗り越え、現在のかたちを創りあげた澤上篤人さんですが、そもそもの発端は20代の頃のスイスへの出稼ぎだったと言います。
 事業家だった父親が17歳の時に急逝し、大きな借金を背負ってしまった澤上さんは、それを少しでも早く返済するため、当時、給料が日本の倍近い水準だった欧州へ行くことを考えました。スイス・ジュネーブの大学院にドクターコースで登録し、「日本の学生が仕事を求む」という小さな新聞広告を出します。最初にオファーがあった企業に面接に行き、入社が決まったのですが、それがたまたまキャピタル・インターナショナルという世界屈指の運用会社だったのです。
 そこで初めて長期投資の世界を知り、すっかり魅了された澤上さん。毎日15~16時間働いて、気がついたらファンドマネジャーという立場になっていました。その頃には父親の借金はすべて返済し、代わりに「長期投資」という素晴らしい宝物が彼の掌にのっていたのです。
「世の中になくては困る良い企業を選んでとことん応援する、という方向でお金を投じて、お金に働いてもらう。その結果、いい世の中をつくっていき『ありがとう』と戻ってくるのが投資のリターン。これが長期投資の基本で、70年代のスイスで徹底的に学び、今でもずっと実践しているんです。マーケットでお金の取り合いをして、勝った負けたの銭ゲバをする短期投資とはまったく違う存在です」

ファイナンシャルインデペンデンスの向こう側へ

潰れては困る優れた企業、みんなに必要とされる企業の株を安値の時に応援買いし、高値になったら少しずつ売る。これを地道に繰り返していけば、無理なくファンドの成績が上がり、資金を入れている人たちの財産が自然と殖えていきます。
 さわかみファンドのホルダーも、20年近く、こつこつと積み立てをした結果、まとまった財産を作った人も増えています。資産から得られる収益で、経済的な不安がない状態を「ファイナンシャルインデペンデンス」(経済的自立)と言います。
「ファイナンシャルインデペンデンスが第1段階。生きるための不安がなくなります。ある一定の金額以上になると、今度はお金が雪だるまみたいに殖え始めます。すると、そのお金は世の中のためにカッコよく使う。それが第2段階。そういう大人たちを見て、子どもたちが憧れて、自分もそうなりたいと思う。これが第3段階。こういう循環ができたら、その社会はどれだけ幸せか。長期投資をベースにすれば、こういう世界がどんどん広がっていきます。うちの会社も設立から最初の9年目くらいは真っ赤っかの赤字。でも黒字になった瞬間から、会社の利益を社会に使うように動きだした。個人ベースでは贅沢はしない。俺を含めて、社員の給料は普通よりちょっと上くらい。そのかわり、長期投資で得た利益を広く世の中にお返しする贅沢は、たっぷりやらせてもらう。お金は天下の回りものですから」
 ここでポイントは、カッコいいお金の使い方です。澤上さんは公益財団法人さわかみオペラ芸術振興財団を設立して、イタリアのオペラを日本に招聘し、本格的な公演を行うとともに、オペラを学ぶ日本人歌手や音楽家の留学をサポート。日本各地でも公演活動をするなど、オペラの魅力を伝える活動に注力しています。また代表理事を務める公益財団法人お金をまわそう基金では、子ども、スポーツ、地域社会、文化伝統技術の4分野で活動するNPOに対して、一般の人からの寄付を集めるプラットホームを運営。支援者と活動団体のご縁を大切にしながら、さまざまな社会課題の解決に向けて、お金がまわるように活動をしています。
「スポーツ選手も音楽家も、一部のトップは収入が高いけれど、ほとんどの人たちは生活がきつい中、好きだからこそ続けている。いくら好きでもやれない状況になると、音楽もスポーツも廃れてしまうので、誰かが手伝わないといけないんですね。日本のような成熟経済では『モノからコト』と言われているけれど、実際は、文化・教育・芸術・スポーツ・技術・寄付・ボランティアという方向にお金をどんどん使うのが、成熟経済のあり方なんです。今、国は金利を下げて、企業に工場を建てさせようとするけれど、そう簡単にはいかない。なぜかというと、誰もモノは買わないから。お金をまわす方向が間違っている。これからの日本は、『コト』の分野で産業が生まれないといけないんですね」

寄付こそが成熟経済を生き延びる活力になる

高度成長期が終わり、成熟経済に入った日本にとって、寄付というお金のまわし方が今後、ますます重要になってくる、と澤上さんは言います。
「欧米社会が成熟経済に突入した70年代、80年代にヨーロッパにいたから、目の前で見ていたけれども、多くの人が貧しくなっていって、すごく大変な時代だった。それで国民の一部は『お金を使える人がまわしていかないと、経済全体がダメになり、ついには自分もダメになる』ということを学んだのではないかと思うんです。昔はNPOなどなかったけれど、この30年で急激に増えて、寄付で運営されているアメリカのNPOは全米の雇用の7~9%を生み出しているほどです。寄付でもって経済、社会が動くということを理解する人が増えるだけで、確実に社会は変わると思っています」
 寄付をするのかしないのかは、その人の価値観、意思の問題で、やる人はやるし、やらない人はやらない。しかし日本も貧しかった時代は、お互いさまでお金をまわしていた時代もあったと澤上さんは言う。
「経済というのは、お金をつかうと、その方向で発展成長する。貧困・自然保護・スポーツ・アートなどを支援する団体に寄付すれば、そのお金は貯め込まないで即刻消費してくれます。すると経済が即元気になる。たとえば皆さんが預貯金に寝かしているお金の3%を寄付すれば、日本経済は確実に5%成長します。するとまわりまわって、寄付した人のお金も増える。銀行にぼけっと寝かしておいても金利なんかつかないのだから、引き出して経済の現場へまわしてやる。このイメージを持ってもらうことが大事なんです」

インタビュー:

2019年10月

公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子

澤上篤人 (さわかみ・あつと)
1947 年 3 月28 日愛知県生まれ。71〜74年までスイス・キャピタル・インターナショナルにてアナリスト兼ファンドアドバイザー。80〜96年までピクテ・ジャパン代表を務める。 96年にさわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立し、99年に「さわかみファンド」を設定。現在はさわかみ投信会長として長期投資の啓蒙活動に力を注ぎ、「カッコ好いお金の使い方」のモデルとなるべく財団活動にも取り組んでいる。